旅と芸術は人生を豊かにする

旅行と音楽、美術への想いを綴るページ。

ゴッホ終焉の地を訪ねて 

 ヨーロッパを旅するようになって美術鑑賞に楽しみを見出すようになりました。

これまでも美術館は空間的にも時間の過ごし方としても好きな場所ではありましたが、初めてフィレンツェを旅した時、ガイドの方が西洋美術の勉強のためにイタリアに来て、そのままイタリアに住んでいるという方で多くの解説を受けないながらも何も知らない自分に驚きました。ただ見ている、眺めていたんだなあとそのとき思いました。帰国後、ウフィツィ美術館で見た絵を再度、本で見たり解説書や鑑賞入門書などを読むようになりすっかり西洋美術にはまってしまいました。

楽家として作品の背景や作曲家の生い立ちについては興味を持ち勉強することはありましたが、同じように、それ以上に画家とその作品にもがぜん興味がわきました。

フィンセント・ファン・ゴッホに惹かれたのはオランダ、クレーラーミュラー美術館を訪ねてからです。ゴッホの絵が来日した時は黒山の人だかりの隙間からちらちら見るような見方ですが、真冬だったこともあり、苦労して出かけたこの美術館では80枚以上のゴッホとじっくりと向かい合うことができました。以降、多くの本を読み人生を知り、ヨーロッパ旅行の度に様々な美術館でゴッホを鑑賞してきました。

そんな中、2017年にパリ滞在中の1日をオーヴェール・シュル・オワーズ訪問にあてることにしました。ガイドブックに習いパリ北駅から電車で1時間半ほどで着くことができました。

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オーヴェールシュルオワーズ駅

通りを渡った観光案内所で地図をもらい街を歩きました。

多くの研究から作品とその制作年代や日時と画家の日常生活の状況や考え方、夢や希望または悲しみや絶望などが密接に絡み合っていることに興味を覚えます。ゴッホは書籍の数も多く、弟テオとの手紙のやり取り本になっています。描いた場所を探し訪ねる場所探しの本も多く書かれています。

オーヴェールシュルオワーズを訪ねたかったのは、ここでピストル自殺するまでの最晩年になってしまう二か月ほどの間に70枚ほどの絵を描いたということ、その絵の中でも興味深い絵(オルセーにある教会、鴉の群れ飛ぶ、、ひろしま美術館のドービニーの庭など)がたくさんあったことからいつかその地に立ってみたいと思っていたのです。

しばらく歩くとすぐに絵で見た建物は目に入ってきました。そして、サンレミでもそうでしたがゴッホの絵が案内板になって立っていました。

雨こそ降らないながらも湿度の高い日で観光客はほとんどいない日でした。ゴッホが過ごし、見学もできると聞いていたラヴー亭ではご飯も食べようと楽しみに思っていましたが、季節柄なのか閉まっていて入ることどころか人影もありませんでした。

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村役場とラヴー亭と

地図を見ながら自殺したと言われる場所にも行きました。ここでは通りかかった地元の人がここでピストル、バンっとジェスチャーで教えてくれました。

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ゴッホ自殺の場所へ

正面から教会は中へ入ることもできました。この絵の解説にもあるように正面からの絵ではなく建物の後ろから見た絵ということを実感しました。少しずつ視点をずらして写真を撮りました。ゴッホがどこに座って、どう見ていたのかを想像しながら。

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教会へ

お墓も訪ねようと歩き始めたのですが、坂道を登りきったところで視界が広がり、広い畑に出ました。まさに鴉の群れ飛ぶ麦畑の情景だったのです。空の曇り具合もあの暗雲立ち込めるような死を感じさせると言われる情景を目の前にし、その中を歩いて進みました。麦の穂の絵も好きな絵です。誰もいない畑の中の道を進み墓地に着きました。

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墓地へ向かう道

自殺とされた故、当初教会の敷地には入れなかったこと、数か月後に追うように亡くなった弟テオとお墓が並べられていること、しっかりと刻まれた名前を見、偲びました。

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お墓に向かう

その後は開いているお店も全くなく、来た道をパリに戻りました。

その場所に立ってみるというのは私にとってとても重要な経験の一つと思っています。作曲家が過ごし生活をし、散歩をした地に立ち、空気を吸ってみる、ほんの少しでも近づきたいと思っています。また絵画鑑賞においても、理解なんて偉そうなことは思えませんが、絵を見るとき自分の中に浮かぶ感情が複数に入り混じって浮かんでくるようになることで一層想いが強まる気がするのです。実際、その旅でも後日オルセー美術館を訪ねじっくりと見ることになりましたし、まだ見ぬゴッホを様々な美術館で見るために旅したいなと感じました。